名鉄瀬戸線

路線について

所在地 愛知県
駅数 20駅
開業 1905年(明治38年)4月2日
距離 20.6km
複線以上が存在しているか
電化区間が存在しているか
最高速度 100km/h

名鉄瀬戸線路線図

クイックアクセスガイド

路線の概要

路線の歴史

沿線の概況

駅の紹介

車両


路線の概要

瀬戸線(せとせん)は、愛知県名古屋市東区の栄町駅から愛知県瀬戸市の尾張瀬戸駅までを結ぶ名古屋鉄道(名鉄)の鉄道路線です。

名古屋中心部の栄にある栄町駅を起点とし、そこから東郊を経て瀬戸焼の産地である瀬戸市に達する近距離通勤路線です。大曽根~尾張瀬戸間では、ほぼ瀬戸街道(愛知県道61号名古屋瀬戸線)と矢田川に並行しています。

名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)、名古屋ガイドウェイバス(ゆとりーとライン)、東海旅客鉄道(JR東海)、愛知環状鉄道と接続するものの、名鉄の他の路線とは接続していない孤立路線となっています。これにより、名鉄の他の路線の遅延や運転見合わせの影響を受けない利点を持っています。改札口前等の案内標識では、「名鉄瀬戸線」と路線名かつ会社名入りを強調して表記されていることが多くなっています。瀬戸電気鉄道を前身としていることも相まって、名鉄の路線となった後も高齢の世代などからは瀬戸電(せとでん)と呼ばれることがあります。


路線の歴史

1905年4月2日瀬戸自動鉄道が矢田~瀬戸(現在の尾張瀬戸駅)間を開業。
1906年3月1日大曽根~矢田間開業。
1906年12月18日瀬戸自動鉄道が瀬戸電気鉄道に社名を変更。
1907年3月17日大曽根~瀬戸間が電化し、電車運転を開始。
1911年5月23日土居下~大曽根間開業。
1911年9月御園~土居下間開業。
1911年10月1日東大手駅、久屋駅、本町駅を新設。
1912年以前志談味通駅(後の霞ヶ丘駅と同位置)、桜川駅を新設。
1912年11月大曽根駅に中央線との貨物連絡線を設置。
1913年7月15日駅前駅を新設。
1913年11月1日御園~大曽根間が複線化。
1914年以降娯楽園駅を新設。
1915年以前桜川駅を廃止。
1915年以降師範下駅(師範学校下駅)を廃止。
1915年1月18日御園御門東から終点までが開通し全通。堀川駅を新設。
1915年6月16日森下駅を新設。
1921年以前御園駅、木ヶ崎駅、志談味通駅を廃止。
1921年2月15日大曽根~小幡間(矢田川橋梁部を除く)が複線化。
1921年2月19日瀬戸駅を尾張瀬戸駅に改称。
1921年4月13日全線を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更。守山口駅を新設。
1922年4月1日新居駅を旭新居駅に改称。
1923年以降娯楽園駅を廃止。
1924年12月17日三郷~根ノ鼻(後に廃止)間が複線化。
1926年5月26日娯楽園駅跡地付近に大津町駅(仮)を新設。
1927年以前学園前駅を廃止。
1927年2月1日横山駅を新設し、横山~尾張瀬戸間が複線化。
1927年7月1日喜多山信号所が駅に昇格し、喜多山駅となる。霞ヶ丘駅を新設。
1927年7月2日小幡~印場間が複線化。
1927年11月11日印場~三郷間が複線化。
1928年12月27日根ノ鼻~横山間が複線化。
1929年12月18日矢田川橋梁部が複線化。
1930年大津町駅が正式な駅となる。
1935年6月1日横山駅を尾張横山駅に改称。
1936年6月3日瓢箪山駅(その時の「箪」の表記は正字で、真ん中の三つの点の部分が「口」を二つ並べたものになっている)を新設。
1939年名鉄合併前久屋橋架け替えにより複線幅が確保されガントレットが解消される。
1939年9月1日名古屋鉄道が瀬戸電気鉄道を合併し、名古屋鉄道瀬戸線となる。
1941年2月10日聯隊前駅を二十軒家駅に改称。
1941年2月24日久屋駅、坂下駅を廃止。
1942年以前聾石駅を廃止。
1942年4月頃旭前駅を新設。
1943年10月以前清水橋の支間が拡幅されたことにより複線幅が確保されガントレット(大手信号所)が解消される。また、土居下~柳原信号所間の単線区間も複線化される。
1944年東大手駅、社宮祠駅、駅前駅、守山口駅、瓢箪山駅、笠寺道駅、小幡原駅、霞ヶ丘駅、印場駅、平池駅、根ノ鼻駅を休止。
1945年頃今村駅を水野駅に改称。
1946年6月1日二十軒家駅を守山町駅に改称。
1946年9月1日喜多山車両検査工場を開設。
1946年9月15日瓢箪山駅を再開。
1948年1月5日名鉄瀬戸線脱線転覆事故が発生。瀬戸線史上最悪の惨事となる。
1955年2月1日守山町駅を守山市駅に改称。
1956年10月15日清水~大曽根間を敷設し直す。休止中の社宮祠駅、駅前駅を廃止。
1958年1月20日追分駅を瀬戸市役所前駅に改称。
1966年3月15日守山市駅を守山自衛隊前駅に改称。
1969年4月5日休止中の守山口駅、笠寺道駅、小幡原駅、霞ヶ丘駅、印場駅、平池駅、根ノ鼻駅を廃止。
1971年11月1日旭新居駅を尾張旭駅に、尾張横山駅を新瀬戸駅に改称。
1976年2月15日堀川~東大手(1944年から休止中)間が廃止し、東大手~土居下間が休止。
1978年2月15日貨物営業を廃止。
1978年3月19日架線電圧を600Vから1500Vに昇圧し、最高速度を70km/hから85km/hに向上。6600系、3730系、3770系、3780系の営業運転を開始。
1978年8月20日栄町~東大手間の地下新線が開業し、東大手~土居下間が経路変更の上で再開。東大手駅を再開し、土居下駅を廃止。栄町~東大手間に対して加算運賃を設定し、一部の列車のおいて4両編成での運転を開始した。栄町駅、東大手駅には、地下新線開業時から自動改札機が設置された。
1983年8月21日森下~矢田間が高架化。
1986年6750系の営業運転を開始。
1990年6750系の増備に伴う非冷房車(3730系・3770系)全廃により、冷房化率100%を達成。
1990年9月30日東大手~森下間を立体交差化。
1992年11月14日大森駅を大森・金城学院前駅に改称。
1995年本線系より6000系が転入。
1995年12月22日印場駅が再開業。
1996年6月8日本線系からの6000系のさらなる転入とそれによる3780系全廃にともなうダイヤ改正。全列車3ドア車での運転となり、スピードアップが実施された。
2000年6月10日本線系からの6000系のさらなる転入にともなうダイヤ改正。この時より、平日朝ラッシュ時間帯の運転パターンが普通のみの4分間隔での運転となった。また、全日の昼の時間帯で尾張旭折り返しの準急が毎時2往復増発され、1時間当たり急行・準急2往復と普通4往復のダイヤパターンとなった。
2001年4月14日尾張瀬戸駅を移転。
2003年3月27日ダイヤ改正。昼の運転パターンが見直され、準急を尾張瀬戸まで延長する代わりに普通の半数が尾張旭折り返しとなり、尾張旭で急行と接続するダイヤパターンとなった。また、大曽根駅と小牧線上飯田駅との通過連絡運輸措置を廃止した。
2005年1月29日ダイヤ改正。瓢箪山駅の表記を現行のものに変更(「箪」の部分が正字から略字に)。水野駅、瀬戸市役所前駅を急行停車駅に格上げし、急行は尾張旭~尾張瀬戸間が各駅停車となった。
2006年7月25日尼ケ坂駅を皮切りに駅集中管理システムを順次稼働開始(同年12月16日までに急行通過駅と水野駅・瀬戸市役所前駅に導入)。
2006年12月16日栄町駅乗り入れ時の加算運賃と通過連絡運輸措置の廃止に伴う運賃改定を実施し、トランパスを導入。
2007年6月30日尾張旭検車区の供用開始に伴い、喜多山検車区が廃止。
2008年10月1日4000系の営業運転を開始。
2011年2月11日ICカード乗車券「manaca」の供用を開始。
2012年2月29日トランパスの供用を終了する。
2014年4月6日6000系のさよなら運転を実施し、瀬戸線の営業電車が4000系に統一。
2016年9月17日喜多山駅仮線切り替えに伴うダイヤ修正。全線での所要時間が約1分延びる。3300系の営業運転を開始。
2021年5月22日ダイヤ改正。日中の急行を削減し、尾張旭駅折り返しの普通を尾張瀬戸駅まで延長。
2021年10月30日ダイヤ改正。日中の急行削減時間帯の準急を普通に降格し、該当時間帯における準急通過駅の停車本数が毎時4本から6本に増加した。
2022年3月19日小幡~大森・金城学院前間の上り線が高架化。

沿線の概況

瀬戸線の沿線はほとんどが住宅地や市街地となっており、山林や田園地帯は多くありません。全体的に平野部を通っていることからトンネルは栄町地下トンネルのみとなっています。大まかには以下のようになります。

起点の栄町駅は、名古屋市の繁華街栄地区にあり、地下街や地下鉄栄駅に隣接しています。ここから東大手駅を過ぎるまでは栄町地下トンネルを進みます。地下では名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)名城線と並走し、同桜通線との交差地点には両地下鉄線の久屋大通駅がありますが、栄町駅に近いため当路線の駅は設けられていません。愛知県庁の直下付近でS字カーブを切り名城線と別れてさらに東寄りになり、地下駅の東大手駅に着きます。同駅の付近には愛知県庁・名古屋市役所を始めとする官庁街、病院、学校などがあり、朝夕は通勤客と学生で賑っています。

東大手駅を出てすぐのところで地上に出ながら、一気に高架橋を上ります。右へカーブして国道41号線(空港線)と、名古屋高速1号楠線を乗り越えたところで清水駅に至ります。この辺りは名古屋台地の北端の崖下の低地であり、清水駅から尼ヶ坂駅を経て森下駅付近までは崖に沿うように進みます。栄町トンネルを出てから大曽根駅の手前までは側道に桜が植えられており、桜のシーズンには列車の両側に桜を見ながら進みます。国道19号線を乗り越え森下駅、さらに左へカーブして大曽根駅に着きます。

大曽根は古くから街道の合流点であり宿場町として栄えた町で、現在でも名古屋の繁華街・歓楽街の一つとなっています。大曽根駅は大曽根地区の北東にあり、JR中央本線・名古屋市交通局名城線・名古屋ガイドウェイバス(ゆとりーとライン)と乗り換えが可能な名古屋の交通の要衝の駅でもあります。瀬戸方面から名鉄で来た後、同駅でJRに乗り換え金山・名古屋方面へ向かう客や地下鉄・市バスへ乗り換える客も多くいます。大曽根駅を過ぎると右へカーブしてJRを乗り越えます。高架橋を下り、瀬戸街道を瀬戸線で唯一のトラス橋である矢田橋梁で乗り越えると矢田駅に着きます。矢田駅は瀬戸線の駅では最も利用者が少ないですが、ナゴヤドームまでは900mであり、地下鉄が開業するまでは最寄り駅だったことから、現在でも瀬戸方面から同駅で下車してナゴヤドームへ向かう客が少なからず存在しています。

矢田駅を過ぎるとすぐに瀬戸線最急で、現在は名鉄全線中最急でもあるカーブ(半径120m・制限速度35km/h)を通過後、矢田川鉄橋を渡ります。ここは瀬戸線の有名撮影地として知られ、瀬戸線でイベント列車が走るときは多くのカメラマンが集結します。橋を渡ると守山区に入り、ゆとりーとラインの高架をくぐると守山自衛隊前駅に着きます。陸上自衛隊第10師団が駐屯する守山駐屯地はこの北側にあり、瀬戸線からも駐屯地の正門を見ることができます。この付近から終点の尾張瀬戸駅まではほとんど愛知県道61号名古屋瀬戸線(瀬戸街道)と並走します。瓢箪山駅を過ぎると守山区役所に近く、橋上駅を持つ急行停車駅の小幡駅に至ります。小幡駅を出ると左へカーブし瀬戸街道と交差します。その後は瀬戸街道の北側を走り、喜多山駅に着きます。喜多山駅には瀬戸線で唯一となる構内踏切が残っています。尾張旭検車区ができる前は同駅に隣接して車庫が設けられていたため現在も列車の運行上で重要な駅であり、乗務員の交代も行われています。喜多山駅を出ると国道302号(環状2号)と平面交差します(名古屋第二環状自動車道は同所で地下を通る)。さらに進むと大森・金城学院前駅に着きます。同駅は瀬戸線で名古屋市内最後の駅であり、付近の大学の学生で賑わっています。大森・金城学院前駅を出ると尾張旭市に入り、東名高速道路の高架をくぐってすぐのところで印場駅に至ります。同駅は付近にある病院への通院者や付近からの通勤・通学での利用者がそこそこいます。印場駅の次は旭前駅で、旭前駅は学校の最寄り駅であり朝夕は通学利用者で賑わいます。旭前駅を出て左側に城山公園やスカイワードあさひ、右側に尾張旭検車区が見えてきて尾張旭市の中心部に入ると、橋上駅舎を有する尾張旭駅に着きます。

尾張旭駅は検車区を有し、栄町方面から来た普通列車の一部が折り返す大きな駅となっています。尾張旭駅の次は愛知県森林公園に近い三郷駅、三郷駅を出ると瀬戸市に入り水野駅を経由して新瀬戸駅に至ります。新瀬戸駅は愛知環状鉄道線の瀬戸市駅が隣接しており、乗り換え客や付近にある病院への通院患者、付近からの通勤・通学などの利用者がそこそこいます。新瀬戸駅を出ると国道155号線と平面交差し、間も無く瀬戸市役所前駅に至ります。瀬戸市役所前駅の周辺は住宅街ですが、新瀬戸駅に近いことから、利用者は少ないものとなっています。瀬戸市役所前駅を出て国道155号線と瀬戸川が右手に並ぶと間もなく終点の尾張瀬戸駅に着きます。


駅の紹介

駅名\種別 普通準急急行
栄町(ST01)
東大手(ST02)
清水(ST03) ||
尼ケ坂(ST04) ||
森下(ST05) ||
大曽根(ST06)
矢田(ST07) ||
守山自衛隊前(ST08) ||
瓢箪山(ST09) ||
小幡(ST10)
喜多山(ST11)
大森・金城学院前(ST12)
印場(ST13) |
旭前(ST14) |
尾張旭(ST15)
三郷(ST16)
水野(ST17)
新瀬戸(ST18)
瀬戸市役所前(ST19)
尾張瀬戸(ST20)

※記号の凡例 ○:停車、|:通過


車両

4000系

3300系